研究と報告

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2013.06.07

研究と報告98 横浜市「待機児童ゼロ」宣言と「横浜方式」の実相

木村雅英(地方自治問題研究機構・研究員)
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横浜市「待機児童ゼロ」宣言と「横浜方式」の実相

 木村雅英(地方自治問題研究機構・研究員)

 目次
1 「待機児童解消加速化プラン」のモデル
2 小さな保育施設がひしめく仲町台駅周辺
3 多様な保育サービスと保育コンシェルジュ
4 地域のセンター的役割を果たす公立保育所
5 鉄道の高架下に開設した認可保育所
6 「待機児童ゼロ」は「上げ底」
7 企業に傾斜した保育所整備
8 企業参入を図る仕掛けと問題
9 おわりに

1「待機児童解消加速化プラン」のモデル
林文子市長の臨時記者会見が、5月20日、市庁舎2階の応接室で開かれた。
林市長は報道関係者を前に「4月1日現在の保育所待機児童数は、認可保育所の新設ほか横浜保育室や家庭的保育事業、幼稚園の預かり保育など多様な保育施設の拡充と、入所を希望する方への丁寧な対応を行ない、0人となりました」と、「待機児童ゼロ」を宣言した。
その1か月前の4月19日、安倍晋三首相は「成長戦略スピーチ」で「横浜方式」をこのように取り上げている。「私の成長戦略の中核である『女性の活躍』について、お話させていただきます」と切り出し、「いまだに、多くの女性が、育児をとるか仕事をとるかという二者択一を迫られている現実があります。『待機児童』は、全国で2万5千人ほどいます。深刻です。しかし『全国で最も待機児童が多い』という状況から、あの手この手で、わずか3年ほどで、待機児童ゼロを実現した市区町村があります。『横浜市』です」と続けた。
「横浜方式」を安倍内閣が推進する「待機児童解消加速化プラン」のモデルにするというのである。このスピーチでは「横浜方式」を「多様な保育」「企業の参入」を特徴とする保育政策として用いているように思われる。2015年4月施行が予定される「子ども子育て支援新制度」の先取りである。
そこで、筆者は、横浜市従業員労働組合委員長の菅野昌子さんに案内を乞い、横浜市内の保育施設を見学するとともに、議会で保育所への企業参入問題を追及している古谷靖彦議員(日本共産党)から論点をお聞きした。
本稿は、その調査結果をふまえた論考である。

2 小さな保育施設がひしめく仲町台駅周辺

横浜市都筑区の仲町台駅周辺の住宅地に、「多様な保育」がひしめく一角がある。
仲町台駅は、横浜都心や副都心群を貫く市営地下鉄ブルーラインの開業(1993年)により開設された駅である。港北ニュータウンの南端に位置する。人口増加が著しく、港北ニュータウンのある都筑区住民の平均年令は、市内18行政区のなかで最も若いという。
駅改札口からショッピングモールをこえ住宅街の入口に4階建ての建物がある。2階が横浜保育室認定「メロディ仲町台園」だが、1階が中華料理店、3・4階が集合住宅になっている。その交差点から東に700メートル程度延びる道路の両側には、計6つの保育施設が軒を連ねている。

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両側に6つの保育施設が並ぶ道路

設置場所をみると、2階にあるのは横浜保育室の2施設、残り4施設は中層建築物の1階にある。園庭の状況をみると、認可保育所1か所は離れたところに園庭を確保しているが、5施設には園庭がない。設置者は株式会社・有限会社が4か所、NPO法人が2か所である。
NPO法人の保育施設の園長に話をうかがった。子どもの足で十数分はかかる近くの公園には、保育施設の子どもたちが集中し、滑り台待ち十数分ということもあるそうだ。
参考までに仲町台駅南側の一角にある6つの保育施設は、以下のとおりである。

○施設名;ベビーホームメロディ仲町台園
設置者;有限会社 種別;横浜保育室
定員;産休明け-2歳児25名
○施設名;フェアリーランド
設置者;株式会社
種別;届出済認可外保育施設
定員;0-2歳児25名
○施設名;きぶんてん館ゆめ園
設置者;有限会社 種別;横浜保育室
定員;0-2歳児30名
○施設名;なかまちっこ園
設置者;有限会社 種別;認可保育所
定員;0-5歳児50名
○施設名;シープ保育所
設置者;NPO法人 種別;横浜保育室
定員;産休明け-2歳児29名
○施設名;第二シープ保育所
設置者;NPO法人 種別;届出済認可外保育施設
定員;3-5歳30名

3 多様な保育サービスと保育コンシェルジュ

前項で、仲町台駅周辺の住宅街の一角に、6つの保育施設、しかも多様な保育施設がひしめいている模様を紹介した。いまあらためて、横浜市における多様な保育施設・保育サービスの類型を、横浜市の資料(ホームページ)から整理しておく。
林市長の臨時記者会見では「待機児童ゼロ」達成の要因として「多様な保育施設の拡充」に続けて「入所を希望する方への丁寧な対応」をあげた。後者は保育コンシェルジュ(保育サービス専門相談員)の配置を意味するものと思われる。
保育コンシェルジュは、横浜市の非常勤職員としての身分を有し、2011年6月より市内18区に各1名、10月より保留児童の多い3区(鶴見区、神奈川区、港北区)に追加配置されている。業務は認可保育所に入れなかった父母らに、保育状況や意向を確認した上で、横浜保育室など認可保育所以外の保育サービスを紹介することにある。
保育コンシェルジュの配置は、認可保育所には入れず途方に暮れる父母らからは喜ばれているという評価が見られる。他方では5で述べるように「子どもには最適な保育環境を確保したい」と願って、あえて希望する認可保育所への入所以外の選択を保留している父母らを説得し、みかけの「待機児童ゼロ」達成の片棒を担がされる恐れもあることを指摘しておきたい。

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4 地域のセンター的役割を果たす公立保育所

6か所の保育施設がひしめく住宅地の一角を通り抜け、歩道橋を渡り、市営地下鉄ブルーラインの高架をくぐると、横浜市立大熊保育所に着く。仲町台駅から直接向かうと徒歩8分の位置にある。受入年齢は、6か月~5歳児、119名定員の保育所である。増築により定員を増やしている。2階建てで、敷地面積が2500㎡あり、市内では珍しくゆったりとした園庭が確保されている。
保育所ではちょうど、太鼓サークルを招いたイベントが行われていた。園庭で繰り広げられる力強い太鼓の演奏を前に、園舎の日かげに陣取った子どもたちが、目を輝かせて鑑賞している。招待された近くの保育施設の子どもたちも、大熊保育所の子どもたちと並んで鑑賞している。ちょうど1歳児を抱いた近所のお母さんが、ドア越しに太鼓の演奏をみていた。気づいた保育士が駆け寄り、園庭のなかでいっしょに鑑賞するように招き入れる。
同じ時間帯、一段高い低年齢児向けの園庭では、園庭開放事業である「おひさま広場」が行われていた(月-金の午前中2時間)。中田前市政のときに、区の独自事業として有償ボランティアを配置し、無料から有料になった(1回100円、年間パスポート4300円)。3組の親子が利用していた。
一目見た印象に過ぎないが、公立保育所は、保育所に在籍する子どもの保育士を行うだけでなく、専業主婦の子育てを支援し、かつ周辺の保育施設の保育をも支援する役割を担っていることがわかる。

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5 鉄道の高架下に開設した認可保育所

次に、高架下に設置することを認められた認可保育所を訪問した。
京浜急行電鉄の子会社、京急サービス株式会社は、高架下や駅ビル、遊休地などを利用して、キッズランド金沢文庫保育園(金沢区)、キッズランド上永谷保育園(港南区)、キッズランド上大岡保育園(港南区)、キッズランド井土ヶ谷駅保育園(南区)の4か所の認可保育所を設置運営していたが、2013年4月より、新たにキッズランド黄金町保育園(南区)、キッズランド港町駅前保育園(川崎市川崎区)の2か所を開設した。6か所のうち、高架下は、キッズランド上大岡保育園、キッズランド黄金町保育園の2ヶ所である。
京急キッズランド黄金町保育園は、京急黄金町駅から、高架に沿って西へ、徒歩数分のところにある。
○施設名;京急キッズランド黄金町保育園
設置者;京急サービス株式会社
種別;認可保育所
定員;生後57日から5歳児、計60名
ご厚意で、施設内を見学させていただいた。

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京急本線の高架下の認可保育所

高架下なので敷地は奥行きが短く長方形。玄関から真横に長い廊下があり、右側に0歳、1歳の乳児室や沐浴室、調乳室、左側に4歳児・5歳児の保育室と2歳児・3歳児の保育室をパーテーションで区切っている。調理室はガラス張りにし、調理作業を廊下から見えるように工夫され、園庭は高架下の空地を金網で囲い、幼児の保育室から直接出入りするように設計されている。

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高架下を金網で囲った園庭

京急の本線の高架下なので、電車が5分おきにゴーと響かせて通り、保育室の真ん中には橋脚があり、保線工事等のために出入りする扉もある(デコレーションが施されているが)。園長からは、保育に対する真摯な思いが伝わるが、乳児の保育室と幼児の保育室は離れ、橋脚もあって見通しが悪いこと、電車の騒音や振動がたえまなく保育中(睡眠中)の子どもを襲うこと、高架下が専用の遊び場であることなど、保育するうえで極めて劣悪な環境である。

6 「待機児童ゼロ」は「上げ底」

林市長の臨時記者会見(5月20日)における添付資料「平成25年4月1日現在の保育所待機児童数について」をもとに「多様な保育」「待機児童ゼロ」のからくりを解明する。
結論から言えば、第一に、横浜市の保育政策の基本は「多様な保育」ではなく「認可保育所の整備」によるものである。過去3年間をみると、横浜市の就学前児童数は、193,584人(2010年4月)から190,106人(2013年4月、0.92倍)へと減少しているが、保育所申込者数は41,933人から48,818人(1.16倍)へと増加、就学前児童数に占める保育所申込数の割合は21.67%から25.68%へと増加している。このことは、女性の就労等により保育を必要とする子どもが、最近の3年間を見ても急増していることを示している。
認可保育所への入所を申し込んだ児童のうち、入所した児童は38,331人(91.41%)から47,072人(96.42%)へと、数、率ともに増加している。認可保育所の受け皿が広がったのである。このことは、横浜市の待機児童の解消が「多様な保育サービス」によるのではなく、認可保育所の新築等によってすすめられたことを示している。したがって国が進めようとしている「多様な保育サービス」の先行事例として横浜市の保育行政を用いるのは誤りである。
前掲の、横浜市の多様な種類の保育サービスは、待機児童対策として、認可保育所の整備に対する補完的な施策である。この限りでは、改定前の児童福祉法第24条1項、2項の規定に沿ったものといえる。
第二に、「待機児童ゼロ」の宣言は「上げ底(粉飾・水増し)」のアピールであり、このことがもつ問題を指摘したい。記者会見の添付資料では「御希望通りの保育所に入所できていない方は、1,746人いらっしゃいますが、横浜保育室などを御紹介しております」と述べている。したがって、他の市区町村が採っている「待機児童」のハードルを低くして「ゼロ」を宣言したことは自認しているといえる。
問題はその内容だ。市の資料では、入所保留児童数が1,746人存在し、内訳は、横浜保育室等、市が何らかの財政支出をおこなっている事業の利用者877人、やむなく育児休暇を延長したり、自宅で求職活動をしたり、遠方の祖父母や知人に預けたりして認可保育所の入所を待っている家庭の児童数は少なくとも869人存在する。
「子どもには最適な保育環境を確保しりたい」と願いながら認可保育所に入れない父母らにとって、市長の「待機児童ゼロ」宣言には大きな違和感を覚えたであろう。父母として至極当然の願いを実現することが、横浜市を含めて行政の責任である。「どこでもよいから」「預けられさえすればよい」というモノサシを父母に押し付けることを市がおこなってはならない。ましてや「上げ底」の「待機児童ゼロ」は、市が保育所を整備する責任から逃げることにもつながる。

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7 企業に傾斜した保育所整備

前項でみたとおり、横浜市が待機児童の解消を、認可保育所の新築等によって進めてきたことは事実である。同時に、その方法として、認可保育所の設置運営に企業を呼び込むところに横浜市の保育行政の特徴がある。
2012年4月以降の最近1年間に開所した認可保育所を設置主体別にみると、社会福祉法人28か所、企業(株式会社、有限会社等)40か所、その他6か所、計74か所である。その結果、2013年4月現在、社会福祉法人277か所(47.76%)、企業152か所(26.21%)、市立90か所(15.52%)、その他61か所(10.52%)、計580か所となった。
認可保育所の設置者のなかで、株式会社等の企業が占める割合は、全国市町村の中で突出している。この企業参入こそ、安倍首相が「成長戦略スピーチ」でネーミングした「横浜方式」の「肝」であり、安倍政権が「横浜方式」として国の施策で展開したいことである。
あたかも規制改革会議が「規制改革に関する答申」(6月5日)で、株式会社の参入促進とその具体策(地方自治体の裁量権の事実上の制限、認可外保育施設への回収費や運営費補助、社会福祉法人の監督強化、事業所内保育所の安全基準の緩和など)を求めた。
現時点での焦点の一つは、株式会社等の企業の参入規制の是非であり、企業参入に頼らず自治体の責任で待機児童解消を実現できるかということだと思われる。

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8 企業参入を図る仕掛けと問題

次に検討すべきことは、第一に、なぜ他の市町村と比べて横浜市に多くの企業が参入したのか(できたのか)という点であり、第二に、企業が参入することの意味(社会福祉法人等の公益法人との違い)と問題であり、第三に、企業参入によらない保育環境の整備である。
本稿の目的は冒頭述べたように、「横浜方式」の検証であり、この3つの課題の考察は別の機会に譲るとして、ここでは第一の課題について、横浜市の調査結果をふまえた問題提起にとどめたい。
横浜市の現状をみると、第一に民間の賃貸物件による認可保育所の開設に力を注いだことが挙げられる。その典型例を2010年度から実施している「マッチング事業」(保育整備課が賃貸物件を探し民間事業者に紹介する事業)にみることができる。社会福祉法人等が自己所有の施設をもって保育事業を営む場合に比べて、保育の安定性、継続性に劣ることは明らかである。
第二に園庭の確保などの施設整備における条件を事実上緩和している可能性がうかがわれる。この点は、さらなる調査をふまえて検証したい。
第三に企業が保育事業を行う場合に避けて通れない、利益の本社会計への付け替えについて、甘い対応がなされているおそれである。企業にとって保育事業で生じた利益を、株主配当等を行う本社の会計へ移転できなければ、事業参入のうまみがまったくないが、現行の保育制度では制限されている。しかし事業監査、団体監査(企業は会社法適用のため除外)においてこの規制が緩和されている可能性があるが、これもさらなる調査を待たざるをえない。いうまでもなく、公益目的で設立された社会福祉法人と異なり、株式会社等の企業は最大限の利益を確保することを目的に設立された法人である。したがって収入の最大化、経費の最小化をめざすことは自明の理と思われる。現に横浜市内でA社が経営するB保育園(認可保育所)の収支計算書をみると、横浜市から受け取った運営費や補助金等の収入(約1億1千7百万円)に対する人件費としての支出(約5千1百万円)が43%にすぎず、経理区分間繰入金(約3千5百万円)が30%にのぼっている。このことは、保育の質に直接影響を及ぼすものである。

9 おわりに

「3年間で待機児童ゼロ」という「上げ底」宣伝を錦の御旗に、多様な直接契約型保育サービス、子ども子育て支援事業への企業参入が、「横浜方式」という仮面をつけて全国展開されようとしている。

本稿では、その「横浜方式」なるものの実相を明らかにしたいと考えた。稚拙さゆえ、その狙いは十分達成できていないかもしれない。しかし本稿が、すべての子どもの豊かな育ちを権利として保障し、父母らが豊かに子育てできる環境を実現する取り組みに少しでも貢献できれば幸いである。