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【弁護団レポート15】 北海道自治労連の臨時・非常勤職員解雇問題 自治労連全国弁護団・弁護士
佐藤 哲之
はじめに
自治体および自治体労働者をめぐる北海道の問題状況は、とりわけ深刻な地域経済情勢を反映して、全国的にみても極めて厳しいものがある。そのなかで、北海道自治労連は北海道自治体一般労働組合(以下、「道自治体一般」という)を組織し、地域や地域住民のさまざまな問題にも積極的に取り組みながら、全自治体労働者を対象とし、日夜奮闘している。
私は、釧路の今重一弁護士とともに、結成以来この組合に関わらせてもらっているが、持ち込まれる相談のなかで最も多いのが臨時・非常勤職員の身分・労働条件に関する問題である。そこで、多少旧聞に属することになるかもしれないが、数ある臨時・非常勤職員問題の中から札幌市における市立病院および交通局の「雇い止め(解雇)」のケースを紹介し、北海道のたたかいを披ひ瀝れきする責めを果たしたい。 市立札幌病院の非常勤職員「雇い止め(解雇)」をめぐるたたかい
1 市立札幌病院当局は、1998年6月12日、看護補助業務をしている45名の非常勤職員を集め、「これまでは1年更新で雇用を継続してきたが、市当局の方針で『雇用期限』は3年限度とすることになった、『雇い止め(解雇)』した人数分は公募し、毎年補充する」と説明した。 そして、6月19日には、非常勤職員を3つのグループに分け、1999年から2001年の各年度末にそれぞれ「雇い止め(解雇)」し、3年で全員を「雇い止め(解雇)」すると通告した。 2 これは、1998年4月1日付で、それまで「任用」の更新限度は「概ね3年限度」と規定されていたものの、基本的には採用時には1年更新で60歳までとされ、そのように運用されてきた「非常勤職員取扱要綱」を改定し、非常勤職員を「採用容易職(非専門職)」と「採用困難職(専門職)」に分類したうえで、「採用困難職」は「60歳に達する日の属する年度末」まで「任用」するが、「採用容易職」はその「任用」の限度を「勤続期間が3年に達する日の属する年度の末日」としたことを根拠としたものであった。 市立札幌病院の看護補助業務(医療補助員)については、これを「採用容易職」に分類し、当時、労基法改悪で問題とされていた3年有期雇用を先取りしようとしたわけである。 市当局は、この改定により、これまで非常勤職員で担われてきた多くの市民サービス(市立病院、福祉施設、学校、児童館、保健センターおよび図書館など)を切り捨て、あるいはアウトソーシングするうえで問題となる雇用問題をクリアしようとしたのである。 また、既存の労働組合である自治労は、自ら組織していた非常勤職員を「採用困難職」として「任用」継続が図られるや、その余の非常勤職員の雇用継続問題については冷淡であった。未組織の非常勤職員に対しては事前説明も交渉も持たれなかったことは言うまでもない。 3 この問題が起きたとき、北海道自治労連は市立札幌病院に組織を持たなかったが、道自治体一般に組合員を迎え入れ、10月13日には、非常勤職員の大量解雇を阻止するため札幌市役所支部を結成し、たたかいを開始した。 このような不当な攻撃に対する北海道自治労連と弁護団の方針は明確であった。 要求は多くの人々の共感を得ることができるものであるが、法的には「任用論」の厚い壁があるため、職場で多数を組織し、職場の内外、地域に支援の輪を拡げ、その力をもって粘り強い交渉で雇用の継続を確保することを目指した。もっとも、弁護団としては、たたかう条件があるのであれば、地位確認や期待権侵害による損害賠償請求といった法的手続をとることも考えたいという決意は伝えていた。 なお、このときの宣伝のポイントは、(1)非常勤職員といっても、地方公務員法上、本来、恒常的な業務に継続して従事している者は正規職員としなければならないとされているのに、脱法的に不安定な身分のままとされてきたうえで、今度は、その不安定な身分故に一方的に「解雇」されることになることの不合理性、不当性、(2)非常勤職員を解雇することは、それを通して非常勤職員が担ってきた住民サービスが切り捨てられることになることの不合理性、不当性、B自治体病院は労働基準法適用事業所であるから、就業規則を定め、労働基準監督署に届け出なければならないし、まして、その一方的不利益変更を行おうという場合にはその必要性、合理性といった要件を具備したうえで、さらに当該労働者に対する説明、意見聴取などが必要とされているのにその手続が全く履践されていないことの違法性、不当性などに置いた。 4 その結果、道自治体一般札幌市役所支部の立ち上げと同時に、札幌地区労連の呼びかけで「札幌市非常勤職員解雇反対支援共闘会議」が結成された。また、札幌市職員からなる「札幌市非常勤職員解雇反対闘争を支援する札幌市職員の会」も結成され、共闘会議に参加した。 そして、短期間のうちに、300を超える団体署名と3万筆近くの個人署名を集めるなどの取り組みを進めながら粘り強く当局と交渉を重ね、1999年と2000年の各年度末に「任用限度」が来る非常勤職員のうち希望者全員の雇用継続を勝ち取りながら、2000年1月6日、病院長とのあいだで、次のような「第2種非常勤職員の雇用に関する合意書」を取り交わすとともに、一定の職種について、「採用容易職」から「採用困難職」に区分を変更するなどして、これまで満60歳まで雇用継続を約束されていた者全員の雇用を確保するとともに、さらに雇用継続を拡大したり、あるいはその後の交渉の中で雇用を拡張する突破口を切り開くことができた。 平成10年3月31日までに3年限度で雇用してきた職員を除き、市立札幌病院の第2種非常勤職員のうち、平成10年3月31日以前に雇用された職員の雇用期限については、長期雇用してきた実態や雇入時の雇用期間に関する口頭約束等を考慮し、本人が働き続けたいと希望するものについては、満60歳に到達する日の属する年度の末日とする。 5 この件については、市民のいのちと健康を守るべき職場であったことから、職員の専門性のみならず、熟練度も十分に考慮されなければならないという特殊性があったとはいえ、既存組合が一定の妥結をし、非常勤職員が切り捨てられようとしているなかで雇用を守るという困難なたたかいに全面的に勝利することができたのは、団結を大切にし、ポイントを突いた組織戦、宣伝戦を圧倒的に繰り広げ、掲げた要求に対する支持という意味では、短期間のうちに職場、地域における多数派を形成することができたという点にあった。 当該組織はその後も旺盛に活動を続けている。 札幌市交通局のリストラ計画と嘱託員「雇い止め(解雇)」阻止のたたかい
1 市立札幌病院における非常勤職員の雇い止め問題と時を同じくして、札幌市交通局においてもリストラ計画と嘱託員の「雇い止め(解雇)」の問題が発生した。交通局におけるたたかいは、「赤字」という交通事業自体が抱える固有の問題やそこにおける(都市交の)労使関係の特殊性もあり、市立病院の場合といささか趣を異にした。 2 札幌市の交通事業は、昭和2年に路面電車事業が、昭和5年に自動車事業が、そして、昭和46年に地下鉄事業が、それぞれ営業を開始し、今日に至っている。 しかしながら、事業全体が赤字経営となり、1991年に「経営健全化計画」(以下、「第1次経営健全化計画」という)が立案され、1992年度から5年間を実施期間として、正規職員を880人削減することとしたうえ、新規に正規職員を採用せず、嘱託員と呼称される非常勤職員が採用されることになった。 嘱託員の雇用は、1993年4月から1年更新3年限度としてスタートしたが、3年後に、任用期間を6カ月以内とする臨時職員として任用する期間(最長1年)を挟み、再度、継続して1年更新の嘱託員として任用されていた。 そのような状況下で、第1次経営健全化計画が計画どおり達成されないことから、1999年度から5年間を実施期間とする第2次経営健全化計画が立てられ、札幌市交通労働組合(都市交)と労使合意したとして同計画が実施に移されることになった。 同計画の職員の雇用に関わる部分の概要は次のとおりである。 (1) 1800名の正規職員を、欠員不補充や配置転換などにより5年間で720名削減する。 (2) 23の地下鉄駅業務を(財)札幌市交通事業振興公社(札幌市の100%出資団体)(以下、「公社」という)に委託する。 公社は業務受託に伴い100名余の社員を公募により試験採用する。その際、一般公募者は年齢を35歳までに制限するが、嘱託員からの応募者は制限しない。 (3) 市バスの路線を63から41に縮小し、2000年度から2003年度にかけて民間に移譲する。 (4) これらに伴い、嘱託員、臨時的任用制度を見直し、任用期間(更新限度)を臨時的任用期間を挟み、最長7年を限度とする。 この嘱託員の更新限度が最長7年間と限定されたことより、2000年3月末日をもって50名余の「雇い止め(解雇)」される者が出る事態を迎えた(なお、2000年度の新規採用嘱託員数は、地下鉄車掌44名、バス運転手47名、路面電車運転手10名の合計101名である)。 3 計画の発表を受けて、道自治体一般は、1999年5月14日までに、札幌市役所支部交通局分会を組織し、当面、非公然ながら、「札幌市交通(地下鉄、市バス、路面電車)を市民のために、より充実させるとともに、交通局に働く労働者のくらしと権利の向上を実現する。当面、赤字を理由とした市民の交通手段のサービス低下や交通局労働者の解雇や労働条件改悪に反対して運動する。要求実現のため組合の拡大強化を緊急に進める」との方針で活動を開始した。 しかしながら、市立病院の場合と異なり、交通局の場合は業務の外部委託、民間移譲絡みの「雇い止め(解雇)」であるため、たたかい方においてはより多くの困難が伴うことが予想された。 そこで、相談を受けた弁護団は、自治労連本部や事務局弁護団の協力も受けながら、法的問題点を明らかにしつつ、たたかいを援助するため、札幌市および同交通局に調査に入り、その結果に基づき「意見書」を作成、公表することにした。 4 弁護団が、組合とともに、2000年2月に調査した結果把握した事実関係に基づき、同年2月16日付で発表した「意見書」における「意見」部分の概要は次のようなものであった。 (1) 任用更新の限度を最長7年と定めた「確認書」および新要綱は無効であり、法的拘束力はない。従って、任用期間が通算7年に達したことを理由に「雇い止め」すべきではない。 [1] そもそも地公法は、第22条の臨時的任用の場合を除き、任用期間については何も定めておらず、定年までの任用を原則としている。市交通局の就業規則に該当する旧要綱においても非常勤職員(嘱託員)の任用期間(更新限度)については特に定めていない。 [2] 交通局当局は、更新限度の定めは、札幌市交通労働組合嘱託部会との確認書に基づくと主張し、基本は3年限度と定めた1994年5月2日付「確認書」であるという。 しかしながら、当該「確認書」は、嘱託部会を代表できない本部執行部によるものであり、嘱託組合員を、そして、嘱託員全体を適法に拘束するものとは言えない。 まして、バス運転手や地下鉄業務員など現業系の嘱託員については、その担当する業務が正規職員と同じであり、それはまた臨時的任用期間においても変わりがないのであるから、上記「確認書」にもかかわらず、現に、実態としては更新限度とされる3年間を超えて任用が継続されていたのである。 かかる状態で、嘱託部会を代表できない本部執行部により、更新限度を最長7年間に限定する1999年6月29日付「確認書」が更に取り交わされたのである。 [3] 以上のことを前提として、民間労働者についてであるが、一般に短期労働契約が反復更新された場合には、期間の定めのない労働契約となり、これを雇い止めする場合には、通常の解雇と同様、正当な理由が必要とされるという確立した判例法理、社会的身分(正規職員と非常勤職員の区別)による差別的取扱いを禁じた労働基準法3条、雇用の終了に関する事項も重要な労働条件としてパート労働者(非常勤職員)にもフルタイム労働者(正規職員)にも同等の権利保障がなされるべきであると定めた「パートタイム労働に関する条約(ILO175号条約)」(原則として公務員にも適用される)の存在も考慮すると、更新限度を最長7年と定めた「確認書」および新要綱は、その手続においてはもちろん、その内容においても無効であり、市交通局における非常勤職員の任用更新にいまだ限度は存在しないものと言わなければならない。 (2) 任用更新に何らかの限度が認められるとしても、いま問題とされているバス運転手や地下鉄駅業務員などは札幌市の交通事業を安全、的確に遂行するために熟練が必要不可欠とされる業務に従事している職員であって、市長部局における非常勤職員の「採用困難職」に該当するのであるから、これに準じて更新限度を設けることなく定年年齢まで更新されるべきである。 (3) さらに、地下鉄駅業務の外部委託およびバス路線の民間移譲が止むを得ず、かつ、そのために一定の人員削減が必要とされるとしても、その場合の「雇い止め」は、いわば整理解雇に該当するのであるから、整理解雇が正当化されるため不可欠とさる要件である「解雇」回避の努力を十分に尽くす必要があるというべきところ、今回の「雇い止め」に関しては、公社への採用にしても、市長部局への配置転換にしても、さらにはバス路線の移譲を受ける民間バス会社への正規採用にしても、なお、十分な努力を尽くしたと言える状況にない。 なお十分な努力を尽くし、「雇い止め」により職を失う嘱託員、臨時職員のないようにすべきである。 5 弁護団の「意見書」公表に先立ち、同年1月24日、交通局分会は公然化し、労働組合結成を通知するとともに、嘱託員を60歳まで継続雇用することなどを要求したが、これに対して交通局当局は、あくまでも札幌市交通労働組合嘱託部会との「確認書」は有効であるとの回答を繰り返し、その点での進展はみられなかった。 また、札幌市交通労働組合の除名攻撃など労使一体となった自治労連に対する攻撃が一段と強められたが、交通局分会では組織の拡大強化を図りながら、雇用と労働条件の維持、改善のために粘り強くたたかった。 しかしながら、業務の外部委託、バス路線の民間移譲が議会で可決され、委託、移譲の日時が迫るなかで、最終的には交通局分会組合員を含めて嘱託員の再就職先を当局が責任をもって斡旋することにで合意し、終息した。 (さとう てつゆき/『自治と分権』第15号、2004.4) |
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