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![]() 【No.86/2010.07.02】 福祉行政における義務付け等の緩和について 本多 滝夫
(龍谷大学)
この論考は、2009年5月23日の地方分権研究会での報告をまとめたものです。勧告内容の一部は既に地域主権改革推進関連整備法案として国会に提出されましたが、鳩山内閣の崩壊で継続審議になっています。法案も含めた詳しい分析は改めて行いたいと考えています。なお、豊島先生(南山大学)の生活保護法等に係る報告は、後日掲載の予定です(編集部)。
はじめに
地方分権改革推進委員会の第二次勧告のうち「義務付け・枠付けの見直し」に関して、福祉分野について分析作業を行いました。私が第一次分権改革から全体像を説明し、その後、豊島さんに生活保護法の分野について報告してもらいます。また、社会福祉法と児童福祉法についても一部分析を始めているので、その途中経過を報告します。 1.第1次地方分権改革期
○ 第1次地方分権改革による福祉行政の自治事務化
まず、第一次分権改革の段階で社会福祉行政がどう変化したのかを説明します。ここでの一連の改革には、分権改革以前の1980年代半ばから始まった機関委任事務の整理合理化も含めておきます。その改革と分権改革によって、福祉行政の大部分が自治事務となり、さらに事務移譲によって市町村が自治事務を行うものとされました。これは福祉行政における地方公共団体、とりわけ市町村の自治の範囲を外観上拡大したものと評価できます。この点は、すでに季刊『自治と分権』1号から3号で分析した通りです。 しかし、福祉行政における機関委任事務の廃止、福祉サービス等の団体事務化、自治事務化は、機関委任事務であるが故に、高率であった国の費用負担を地方自治体へ転嫁するところに、その本来の目的があったと言えます。しかも一連の改革において、国から地方自治体への財源移譲は実現していませんでした。地方税目の拡大、地方交付税への算入は結局は当該事務の費用を個別の地方自治体ないしは全地方自治体に負担させるものでしかありませんでした。結局のところ、福祉行政における地方分権は、国の地方公共団体に対する負担金・補助金の削減と連動し、それと一種の引き換えに行われたものであり、福祉行政に対する国の財政責任の後退としての性格を持っていたといってよいでしょう。 これを「国と地方公共団体の役割分担の原則」に照らし合わせるならば、私は、地方分権改革によって、国による福祉サービスの擬制的な直接供給体制は終焉し、国の役割の限定に基づいて、福祉国家的集権制は解体されたと評価しています。機関委任事務の体制のもとにおける福祉サービスの提供、私は「擬制的な直接供給体制」と特徴づけ、この意味での国家責任をまがりなりにも果たしていたと評価しています。しかし、これが分権改革において破砕されてしまったわけです。 ○社会福祉構造改革による福祉行政の脱現業化・事務執行機関化
これとほぼ同時並行的に福祉構造改革が行われました。これが典型的に表れたのは介護保険制度であり、支援費支給制度でした。それらは、いずれもサービス利用者とサービス提供者との間に直接的に締結される契約関係を基礎とし、サービス提供者として、居宅サービスにつき多様な法人事業者の参入を予定しています。現に介護保険では多くの事業者が参入しました。 サービス利用者は、事業者を自由に選択でき、多元化した福祉サービス供給主体には契約締結義務はないものとされています。ここに「自由な」サービス供給空間が出現したと言えます。社会福祉法は、福祉サービスの供給空間の主体それぞれにつき役割を与えていますが、そこでは、国・自治体は、福祉サービスの供給主体であることは当然には前提とされていません。福祉サービス供給における法的責任の構造の転換(階級的構造からネットワーク的構造、国・地方自治体のネットワーク管理責任)を、そこに見て取ることができると思います。 イギリスのナショナル・ヘルス・サービスでは、最後まで利用者にGP(家庭医)を紹介し、それに責任を持たせるという話がありましたが、日本の場合、介護保険サービスでは「保険者である地方公共団体がそういう責任を負っているか」というと「そういう責任はない」と言えます。一応計画は立てるが、「では、最後の最後まで介護事業者を紹介し、きちんとサービスを提供できるようになるまで責任を持つか」というと、介護保険法はそこまで予定しているとは言い難いでしょう。 老人福祉法に基づいて責任を負わせるべきだ、あるいは、生活保護法に基づいて責任を負わせるべきだという解釈論もあります。ただ、実務ではそれを当然には予定していません。先ほどの話(イギリスの医療に関する報告)は、医療や介護という違いがあります。 そして、国民の生命や健康に対する責任の在り方をどう想定するかについてイギリスと日本との違いが現れていて、非常に興味深くうかがいました。 さらに、責任を質的に担保する福祉行政機関の専門性については、自治組織権の尊重といった名目で必置規制が緩和あるいは廃止されてしまいました。これによって、福祉行政組織間、または福祉行政と保健行政との間での組織統合が進展する一方で、現に地方公共団体で業務を行っている職員の職や行政機関等の廃止を制限するなどの措置が取られなかったために、分権改革は、全体として見れば、福祉行政機関の専門性を希薄化する志向性を有していました。 ○ 小括
供給主体でない国と自治体がどのように役割を分担するのかについて整理するならば、社会福祉法だけからはそれを明らかにすることは難しいのですが、介護保険法や支援費支給制度、その後の展開で言えば自立支援法などの構造に照らすと、国は福祉財政の負担割合の設定権、認定基準・報酬基準の設定権を保持することで、福祉市場のサービス価格のコントロールを行う役割を担い、他方で市町村が市場を具体的に整備し、都道府県が市場秩序を乱す事業者を規制するという役割を分担しているといえるでしょう。 サービスの供給量とサービスの価格決定権を国が相変わらず掌握するという点で、市場化といっても、それは擬制的なそれでしかありません。このことは、2つのことを意味します。 1つは、福祉サービスについては、人為的な介入がなければそもそも市場が成立しないということ。もう1つは、恣意的な需要および供給の調整は市場を破壊し、市場から脱落する者を生み出すということです。 さらに自治体の脱現業化は、福祉労働者の労働条件の切り下げによる福祉サービスの質の悪化の危険性を高めるだけでなく、現場への無知による管理の失敗の危険性すらも高める恐れがあります。 2.第二次地方分権改革期?
○ナショナル・ミニマム思想の放棄としての「義務付け・枠付けの見直しと条例制定権の拡大」
次に、第二次地方分権改革期ですが、ここでは財源問題には基本的に手を付けないというところに特徴があります。財源問題は、例の「三位一体改革」によって既に小泉政権のときに一定の結論が出たからでしょう。 第二次分権改革で重要なのは、地方分権改革推進委員会が第二次勧告の目玉として出した「義務付け・枠付けの見直しと条例制定権の拡大」をどう見るかです。自治体の福祉行政組織に対する規制を緩和することで「自治組織権」を尊重した第一次分権改革をいっそう進展させるとともに、福祉事業・福祉施設の許認可基準の緩和を許容することで福祉サービスの質に直接かかるナショナル・ミニマムを廃棄しようということがその目的と言っていいでしょう。 第二次勧告は、メルクマールを立てて、その義務付け・枠付けの見直しをするという手法をとっています。メルクマール自体の妥当性は実際に検証されているわけではありません。メルクマールに該当しない事項については、残さざるを得ないものとして「ア」から「キ」として整理されていますが、これで足りるのでしょうか。また、その基準がどこから出てきたのか、理論的な背景も明確ではありません。その意味では個別法の検討をふまえた上で、このメルクマールを出してきているように見えますが、実際には逆で、メルクマールを先に出しておいて、個別法のさまざまな関与の仕組みを廃棄していくことになっています。 しかし、この義務付け・枠付けの見直しの対象の条文は、一応勧告では列挙されていますが、それだけでは明確にはなりません。中には規制権の義務付け・枠付けに係る基準の上書権を地方自治体に承認しようとする趣旨なのか、規制そのものの制度を廃止する趣旨なのか、はっきりしないものが幾つかあります。つまり、本来は、厚生労働省令や政令による規制をやめて、自治体独自の規制基準や設置基準だけで処理することにするのか、「いや、そもそもそうした制度自体は、自治事務として自治体はやらなくてもいい」という趣旨なのか。これは解釈の仕方によって両方の意味が出てくるので、そこをきちんと検討する必要があります。 福祉分野にかかる一般論は以上です。 3.個別法の検討〜生活保護法以外の社会福祉関連法では
そこで、社会福祉法と児童福祉法の中で対象とされている条文とその義務付けの内容、それに関するメルクマールを整理し、私なりの評価をしてみました。評価の趣旨は、義務付け・枠付けをなくしていいのか、それとも悪いのかということです。 さて、社会福祉法を見ると、地方行政組織の組織的関与については、社会福祉法は特にそこを記述しているので、一番目立ちます。その中でも、社会福祉主事については、福祉事務所の所員が社会福祉主事でなくてもよいとするとか、福祉主任の資格も法定しなくてもよいということされています。格差社会の下で生活保護の需要が非常に高まっている折に、専門職を逆に減らし、専門性を希薄化していく方向をいっそう進めようとしています。ただ、この点は、現実の問題に照らせば難しいところでしょう。ケースワーカーが足りない現状からすれば、この資格制限があるからケースワーカーを増やせないのだから、これを外すことが必要であると。ケースワーカーがもっと必要だからということで、この資格制度が邪魔だと逆に利用されてしまう可能性があるわけです。しかし、もともとそれをきちんと揃えていなかったことに問題があることを確認することが重要でしょう。 社会福祉法における手続的な規律も一部廃止されようとしています。これは、市町村だけではなくて、社会福祉法人と市町村の両方に関係します。例えば第67条第1項は第一種社会福祉事業に係る都道府県知事に対する届出義務を定めていますが、これを廃止するということは、市町村も社会福祉法人も両方とも届出をしなくてよいという趣旨なのでしょうか。それとも改革の趣旨は分権推進だから、市町村が行う場合に届出義務を課す必要がないという趣旨なのでしょうか。たぶん、後者だと思いますが、このように何も説明がないままに、勧告の別紙一覧表で「○×○×」と表記されているので、立法化の段階でこれがどう受け止められるかはわかりません。 社会福祉法は、社会福祉協議会への行政庁職員の役員の総数制限(5分の1を超えてはならない)については、これを取り払ってよいという勧告になっています。これは社会福祉協議会の自立性の問題にかかわる問題です。従来、社会福祉協議会は、行政の下請け機関的な性質がありました。行政庁職員の役員の人数制限をなくしてしまうと、さらに下請け機関化が進みかねません。社会福祉協議会の自主性がなくなってしまうことでいいのかという疑問があります。社会福祉法は、このように組織的関与に関する部分が非常に多く、それを撤廃していくところが多くなっています。 ところで、児童福祉法は対象条文が非常に多くて、今日の報告では準備が間に合いませんでした。とはいえ、社会福祉法と同様に、ここでもやはり第12条に児童相談所の所長の資格とか、そこにおける所員の資格などをなくしていくということが目指されています。もっとも、児童福祉法における専門職はなくしてもいいものは少なく、何らかの形で維持する扱いをしているものが多く見られます。 最後になりますが、今回の作業で悩んだのは廃止の趣旨がわかりにくいものがいくつかあるということです。例えば、児童福祉法の第23条5項は「都道府県等における母子支援施設に関する情報の提供」を定めていますが、勧告によればこの5項も廃止ですが、これは都道府県等が児童や保護者に対する情報提供をしなくてよいという趣旨なのか。それとも提供すべき情報に関して、厚生労働省令がその事項を定める必要はないという趣旨なのか。多分後者だと思いますが、よくわかりませんでした。 また、支給費の関係では、児童福祉法第24条の2第1項に障害児施設給付費の支給が定められています。これについても義務付け・枠付けは要らないということですが、これも地方自治体における障害児施設給付費の支給義務を廃止したのか、それとも給付費の対象から除く特定費用の対象となる費用に関する厚生労働省への委任が廃止されるのか。これも、多分後者だと思います。つまり、地方自治、都道府県で特定費用の対象になる費用については定めなさいという趣旨だとは思います。しかし、勧告からはそこがはっきりしません。 さらに、勧告は省令や政令で基準を定めることとしている条文をすべて網羅しているのかと思うと書いていない、法律にしたがって各条文を見ていくと、挙げていないものも若干あります。それは見落としなのか、それとも意図的に外したのか。これも検討しなければいけません。一つひとつの条文を検討すると、なぜ見直しの対象にしているのか、いないのか、あるいは、どのように変えたいのかがよくわからないところがあるという印象を強く感じました。 |
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