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【No.51/2005.5.31】

住民投票の過去・現在・未来

上田道明
(佛教大学社会学部)
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注】この論文は、2005年度日本選挙学会研究会・分科会C「政治参加研究の現在」において発表されたものです。住民投票のこの間の「大躍進」と合併特例法が一段落した後の後退の分析を通じて、自治体の今日的なありよう、今後の課題について考察したもので、タイムリーな論文です。なお、『自治と分権』20号に修正・要約した論文を掲載する予定です。合わせてご検討頂ければ幸いです(編集部)。

1.はじめに

 「だが、驚くべきは米原町以降の実施件数だ。… わずか1年の間に、なんと30件を越す住民投票が各地で行われた。数年前まで世界の中で『住民投票後進国』だった日本は、いまや件数だけで見ればまちがいなく『最先進国』に様変わりした」。
     (今井一「決定権は住民にあり」『地域開発』2003年7月号)

 2003年6月に執筆されたと思しきこの一文には、それまでにないペースで住民投票の実施件数が増加中であることが述べられている。だが、これはほんの序曲であった。その後実施件数の増加はさらに加速度を増し、米原町(02年3月投票)以降の実施件数は30件どころか350件近くまで及んでいるのである 。1)
 これだけの実績を前に、住民投票はいまや日本の地方自治に広く定着したといえるのかといえば、必ずしもそうではない。なぜならば、一見、数の上では普及したかに見える住民投票であるが、前掲の一文に「件数だけで見れば」という留保があるように、この3年ほどのあいだの増加はきわめて特殊な背景によるものであったからである。それが証拠に、その背景が失われた本年4月以降、住民投票が実施されたというニュースは途端に聞かれなくなっている 。2)
その意味では日本の住民投票事情は、「件数だけで見れば」、年間数件の投票しか行われなかった以前の状態に戻ることになる。かつて日本では、住民投票を実施することは容易ではなく、投票の実施件数も少なかった 。3)地方自治法に住民投票が規定されていない日本の制度的状況にあっては、投票実施のためには住民投票条例の制定が求められたが、これが簡単ではなかったのである。米原町で投票が行われた当時、住民投票条例案の成立率は全体でも20%弱、住民が直接請求した場合には10%にも満たなかった。これを反映して投票の実施件数も年間一桁だったのであるが、再びこの水準に戻ることが予想されるのである。
しかし、実施件数が減少するであろうと予測されることから、日本が再び「住民投票後進国」に逆戻りするといえるのかといえば、これまた必ずしもそうとはいえない。なぜならば、確かにデータ上はそのような数値が予想される一方で、かつては存在しなかった新しい動きが見られるからである。この新たな動きは、実施件数の増加を直接助長するものではない。しかしながら、住民投票の定着を促す可能性を持つという意味では重要な意義を持つもので、そのことを考慮に入れれば「住民投票後進国」への逆戻りという評価は必ずしも妥当なものではないのである(この注目すべき新傾向については第5章で紹介する)。
 以上述べてきたように、住民投票の実施件数に関連しては2つの誤解を生み出しがちであり、本稿の目的はその誤解を解くことにある。あらためて整理すれば、まず一つ目の誤解は、この3月までの2年3ヶ月で343件の投票が行われたことから、日本では住民投票の実施が容易になったというものである。本稿では、投票が多数実施されてきたこの2〜3年(「現在」)とほとんど実施されることがなかったそれ以前(「過去」)との比較によって、そのような見方が一面的なものであることを証明する。
 もう一つの誤解は、本年4月より投票実施件数の減少が予想されることから、再び日本がもとの「住民投票後進国」に戻るというものである。本稿では、「現在」の影で静かに進行している新傾向を取り上げることにより、このような見方も一面的なものであることを明らかにする。それとともに、住民投票の定着は単純に実施件数だけで測るべきでないという、住民投票に関するもう一つのパースペクティブを提示するつもりである。
 要するに日本の住民投票の過去・現在・未来にはそれぞれに独特の文脈があるのであり、いたずらに実施件数だけに目を奪われるのではなく、その文脈の上に実施件数が持つ意味を本稿は読み解いていくつもりである。

2.02年をはさむ変化 ─「平成の大合併」と住民投票─

 まず、この数年でどれだけ住民投票の実施件数が増えたのか、基本的なデータを確認する(図1参照)。条例にもとづく住民投票がはじめて実施されたのは96年の新潟県巻町で、それ以降01年まで1〜3件と少数ながらも投票は毎年行われるようになる。そして実施件数は、増加の兆しが見られた ─米原町の投票が行われた─ 02年(実施7件)をはさんで劇的に変わる。02年までの実施件数が合計で20件であったのに対し、03年だけで84件、翌年04年はさらに倍増して174件、そして05年も3月末までの段階で85件を数えているのである。  住民投票といえばもう一つ、02年から合併特例法にもとづく合併協議会の設置の是非を問う住民投票が制度化されており、同年から実施例が出ている。ただその実施件数(64件)は、条例にもとづくものと比べれば1/5程度でしかない(図1参照)。本稿は条例にもとづく住民投票を対象とするため、この制度については多くを論じないが、少なくとも使い勝手の悪さがこの数字に表現されていることはここで指摘しておきたい 。4)
 話を条例にもとづく投票に戻せば、要するにそれまでの7年間で20件の投票実績しかなかったところへ、03年以降の2年3ヶ月間で343件の投票が実施されたのである。03年以降の爆発的な増加傾向は、自治体議会で議決を受けた住民投票関連条例案の件数にも表れている(表1参照)。この間、議決件数は864件を数え、これは・・・正確には重複分を差し引かなければならないが・・・3,200程度あった基礎自治体のおよそ四分の一で住民投票条例案が上程されたことを意味する。
 このように少なからぬ地域で住民投票が取り沙汰された原因は、対象とされた争点から明らかである。先に343件の投票があったと述べたが、その争点は1件の例外 を除き、すべて何らかの形で市町村合併に関連したものであった。また、03年から05年3月までのあいだ、議会で議決された住民投票関連条例案の総議決件数864件のうち792件(92%)が合併を争点としたものであった(表2参照)。このように住民投票を急速に押し広げたのは、いわゆる「平成の大合併」に他ならない。
 「平成の大合併」は、政府が基礎自治体の数を1,000程度にするという目標を立て、合併自治体に対する各種の優遇措置を合併特例法に盛り込んだことから本格的に始動した。各都道府県が合併パターンを作成し、8割を超える自治体が任意・法定の合併協議会に参加するなど動きは徐々に具体化していく。
一方、地方自治法に規定されている市町村の廃置分合手続きには、住民の意思確認の制度がない。民意を反映させる手段としては、任意で行われる住民意向調査もしくは首長選・議員選が考えられるものの、意向調査は必ずしも全住民を対象とせず、また選挙にあっては候補者が合併問題に対する自分の見解を明らかにしないことは珍しくない。このような制度的状況や実態から、住民側から合併の可否などを住民投票にかけるための運動が行われた結果、また投票が必要との認識から首長や議員が住民投票条例案を提案した結果、多数の自治体で合併を問う住民投票条例が制定され、343件の投票につながったというわけである。
 これだけの投票例が現れたことは、制度設計から有権者の投票傾向まで住民投票に関心のある研究者、実務家に大量の研究サンプルが提供されたことを意味する。投票はどのように実施されたのか、投票の外形的事実などを次章で簡単に紹介する。

図
表1

3.実施349件の分析 ─投票制度を中心に─

 「平成の大合併」に関連した(条例にもとづく)住民投票は、02年に実施されたものも含めると合計349件実施されている(02年7件;03年83件;04年174件;05年85件 ※05年は3月までの件数)。そのなかには今後の制度設計をめぐる議論に影響を与えるような傾向や事例も現れており、以下いくつかの項目に分けて紹介する。
<投票資格者>
 この間の住民投票が耳目を集めてきた原因の一つに、投票資格者の幅を広げてきたことがある。具体的には、合併が「国民」の問題ではなく「地域住民」に関わる問題であることから永住外国人に投票権が認められた例、また将来にわたるまちづくりの問題であることから未成年に投票権が認められた例が現れている。はじめて永住外国人に門戸を開いた滋賀県米原町の投票、はじめて未成年(18才以上)に門戸を開いた秋田県岩城町の投票はセンセーショナルに報じられたが、それ以降投票資格者の扱いはどうなったであろうか。
 まず永住外国人の投票参加であるが、半数にあたる175 件で参加が認められている。実施された投票の中には、投票率の引き上げや経費節減を理由に国政・地方選挙と同日に行ったケースがあるが、その場合法律上の有権者以外が投票所へ入場することを禁止した公選法の規定が問題となる。そのために外国人用の投票所を別に設けたケースもあるが、反対にこの規定を理由に投票資格者の拡大を見送ったケースもある。そのことを考慮に入れると永住外国人の投票参加は数字以上に意識の上で進んでいると見ていいであろう。
 未成年の投票参加については132件(38%)で認められており、永住外国人までの広がりは見せていないものの、それでもそれだけの浸透は見せている。なかには中学生以上に投票権を認めたケースや、本投票に順ずる「子ども投票」として小学生(5年生以上)にまで投票に参加させたケースもあったが、大半が18歳以上であった。

<成立要件・可決要件>
 日本で制定される住民投票条例に特徴的な点として、いわゆる「50%条項」がまま見られるということがある。投票率が50%に満たない場合には、投票結果は住民の総意とはいえないという理由で投票を不成立とする条項のことで、多くの場合不成立の場合には開票しないというルールと抱き合わせになっている。  このように一定の投票率を成立要件としている例が203件(58%)あり、その大半(178件)がハードルを投票率50%に設定している。なかには「投票率33%以上」とハードルを下げた例もあったが、ヴァリエーションとしては55%、60%、70%とむしろハードルを引き上げた例のほうが多数を占め、その意味で成立要件は厳格化の傾向を見せている。この種の条項のために投票が不成立となり開票されなかったケースが10件あった。
※「50%条項」等の成立要件をみたさなかったために「投票が不成立となり開票されなかったケース」は、この論文の発表段階では9件としていましたが、正確には10件でした。お詫びして訂正します。(2005年6月20日 上田道明)
 この成立要件の持つ意味について、象徴的な一例を挙げて考えてみたい。大阪府守口市の投票では投票率50.65%で辛くも成立し開票の運びとなったが、多数を占めた合併反対票は相対得票率(投票総数に占める割合)で87%を占めていただけでなく、絶対得票率(有権者総数に占める割合)に換算しても44%を占めていた。投票率50%の投票結果にあっては絶対得票率25%強で多数意思と確認される可能性があることを考えたとき、44%というのは決して低い数字ではなく、多数の意思と受け取ってよいものではないであろうか(賛成票が44%以上あればもちろん話は別である)。ところがこの意思は、投票率があと0.65%低ければ葬り去られるところであった。「50%条項」はこのように 多数の・・・たとえば100人中44人の・・・の意思を切り捨てる危険性を備えており、守口市のケースはまさしくそのような事態に陥るところであった。
このように比較的高いラインで投票率を成立要件とすることについては、弊害が認められる。確かにこのような成立要件をはずせば、低い投票率の場合、多数の無関心に乗じる形で少数派が住民投票を制する危険性が生じる。しかしその危険性は、一定の絶対得票率を可決要件として課すことにより、より弊害を少なくする形で回避することができる。少数派ながら絶対得票率を可決要件とする自治体も現れており 、筆者もこちらのルールの方を支持する 。 7)

<選択肢>
 住民投票といえば賛否を問う二者択一のイメージが強いが、合併に関する住民投票は必ずしもそうではなかった。2つの合併枠組みに加えて「合併しない」という3選択肢で実施された形を典型に、3つ以上の選択肢で行われるケースが結構見られた。3つ以上の多選択肢のもとで実施された投票は58件(17%)に及んでいる。しかし見落とすべきでないのは、多選択肢のもとでの投票は「投票のサイクル」と呼ばれる難題を抱えていること、最も多くの支持を得た選択肢が実は過半数の有権者から拒否されているという危険性も持つことである。
そのことを意識してか、「有効投票の半数を越える支持を得たものを尊重する」とした例、また有権者に2票投じさせた例(1票は可否について、もう1票は枠組みの選択について投じさせ、可否投票の結果可が多数の場合、枠組み票を開票する)、あるいは2回投票制を採用した例(1回目の投票で過半数を得る選択肢がなかった場合、上位2選択肢による決選投票を後日行う)もあったものの少数派で、全体的にはこの問題はあまり省みられなかったようである。諮問型とはいえ、まさに投票結果の扱いに関わる問題であり、慎重な議論が必要であったのではないだろうか。
 また、可否・枠組みとは別の理由から選択肢を加えた例もあった。合併の賛否に合併の時期(タイミング)を加味した結果、選択肢が5つに及んだ例があったが、かえって有権者の混乱を招いたと評価されている(佐賀県北方町。投票率が50%に届かなかったため不成立となった)。また、賛否に加えて「合併はやむをえない」(大阪府高石市 得票率8%)、「どちらともいえない」(大分県弥生町12%、千葉県白井市6%、埼玉県狭山市4%)、「議会に委ねる」(長野県開田村 3%、山形県大石田町4%)のような選択肢を挿入した例もあった。しかし、それぞれの得票率を見ればわかるように、あまり良いアイデアではなかったようである。

<「尊重」の実態>
 条例にもとづく住民投票は、その結果に法的拘束力を持たせることはできない。それゆえ投票結果の扱いは、条例上「尊重しなければならない」という表現にとどまっている。しかし政治家にとって投票で示された「民意」は重いものであり、それは事実上の拘束力を持つかのように論じられることもある 。8)果たして投票結果は、実際に「尊重」されているのであろうか。
 合併は相手あってこその話であり、協議中に合併枠組みの変化もあれば、協議内容によって姿勢が変わることもある。要するに投票結果の「尊重」は、投票実施自治体の首長・議会が「尊重」したくとも自律的にそれができるとは限らない。しかし、そのような事情のゆえにではなく、議会が投票で最多の支持を得た選択肢について ─少なくとも投票直後に─ 積極的に(自律的に)拒否したケースが、筆者が把握しているものだけで少なくとも23件ある(投票前に明示された ─例えば10ポイント以上の差がつくこと─ 尊重要件を満たさなかったことを理由に「尊重」しなかったケース、また投票後時間が経過するなかで合併をめぐる状況が変わったため投票結果の不尊重とは一概に認められないケースなどは除いている)。  349件中の23件(7%)が多いか少ないかは、議論の分かれるところであろう。しかし少なくともこのような事例が出ていることについては、住民投票の効力をめぐる議論(諮問型か、それとも拘束型か)、投票結果の取り扱いに関する議論(僅差の場合や第1位の選択肢が過半数の支持を得ていない場合の扱い)、また尊重要件をめぐる議論(「(相対)得票率50%以上」よりも高いハードルを設けるべきかどうか、また設けるとすればその水準はどの程度が妥当か)などに一石を投じることが予想される。

<投票運動>
 <投票資格者>のところで触れたように、住民投票を投票率の引き上げと経費節減という目的から国政・地方選挙と同日投票とした例があり、特に04年7月の参院選の投票日などは全国20市町村で同日投票が行われている。目論見どおりに投票率が向上しているかどうかは検証を要するテーマであり研究者の課題になっているが、同日投票は一つの問題を提起している。公示・告示後の投票運動への制約である。
 公選法の規定により、選挙期間中の運動は政党と候補者を擁立した団体に限られる。一方で、選挙運動とは別に(住民投票の)賛成・反対などを呼びかける運動がどの程度規制を受けるのかは、総務省も「ケース・バイ・ケース」と回答しているように必ずしも明確でない(そもそも公選法は住民投票を前提にしていない)。そのようななかで、住民投票に関する呼びかけも「公選法に抵触する恐れがある」として、選挙管理委員会が住民グループに対して運動自粛を求めるケースも現れている。
投票前に正確な情報が提供されること、また議論を交わすことは、住民投票の鍵を握るといってもいいほどに重要であることは、筆者も含めて多くの論者の一致するところである。その貴重な手段である投票運動に制限がかかることは、そのまま住民投票の意義に関わる問題である。「運動の制限があるなら、費用がかかっても別の日程にすべきだった」 9)という住民の訴えには重いものがある。選挙運動とは一線画すことを前提に、住民投票のための運動を可能とするような制度の見直しが急務であるといえる。
 運動への規制といえば、公選法とは関係のないところでこれを行った自治体もある。島根県宍道町では、議員提案の住民投票条例に前代未聞の「運動禁止条項」が盛り込まれた。「賛成または反対を主張する投票運動は実施しない」というこの条項は、罰則こそ付いていないものの、住民の運動が有権者の判断を惑わすものという理由から規定された。確かに、誤った情報が流れることも、またそこから有権者が混乱することもありうることである。そのため、宍道町議会は情報そのものが流れないようにすることを意図したようであるが、しかし議論を尽くすことによってその混乱を収めようとすることこそが議員の役目といえるのではないだろうか。議論を行わない(行わせない)姿勢こそは、言論の府の自殺行為である。2例目が現れないように、非難を込めてこの悪法を紹介しておく。

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