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【No.49/2005.1.24】

「教育におけるNPMをどう見るか」

佐貫 浩
(法政大学教授)
│1│2

注】この論考は、昨年12月の研究機構の「地方分権研究会」における、佐貫教授の報告のテープを起こした原稿を元に、手を入れて頂いたものです。大変に興味深い報告であり、現在のNPMを考察する上で避けて通れない問題提起となっています。学習の素材としてご活用ください(編集部)。

 行政法学者では兼子仁さん(東京都立大学名誉教授)が教育関係に非常に深くかかわられ、教育法研究の発展に大きな寄与をされました。ところが、率直に言って、最近、日本の教育法学がやや混迷をしている状況もあり、今日起こっている問題について、行政法分野からコメントを頂くことが、切実な課題になっているように思います。そこで、少し問題提起をさせていただきます。時間の関係で、いくつかの焦点に絞って、報告致します。

  1. NPMのシステムと手段

1.今日はどういう段階なのか――公教育の崩壊への一過程?

 教育はこの数年間、2000年代に入って以降、大きく変わってきています。しかし、まだ、変わっていくプロセスの中間段階ではないかと思います。今後、民間企業の参入、企業的経営の導入、バウチャー制度の本格的な検討、学校の多様化・階層化が大きく進んでいく可能性があります。中高一貫校は現時点で100ぐらいですが、各県の中にだれでもアクセスできる中高一貫校ができることになるでしょう。当然、小学校段階から、12歳の選別に向けて競争が隅々にまで行き渡ることになります。
 学力テストも既に37県で行われていて、これもほとんどの県で展開していくと思います。それと一体になって学校選択制が展開していく。そして、これまで、学校を設立できるのは自治体や学校法人だったのが、NPO法人や民間企業が学校設立主体へ進出してくることも考えられます。
 そうなると、教員の待遇も非常に階層化されていくに違いありません。今日の公教育の中でも非常勤や講師採用が増加し、低賃金化が進んでいます。企業が学校を経営し始めると、それは一層構造的に展開していきます。保育園の民間委託のなかでは、保育者の給与が大きく低下し、派遣労働者などの不安定雇用者が急増しているという報告もあります。そうなると、従来のように、「公教育」という形で統一的に考えることができなくなります。すでに、アメリカはそういう状態になっていますが、今のままでは日本でも恐らく10年ぐらいすればそういう状況になっているかも知れません。そういう先まで見通してどう考えるかということが必要になってきています。

2.NPMはこの急速な変化の過程を強行的に推進していく方法として機能する

 ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)という方法は、こういう教育の急激な変化を強行的に推進していく行政的手法という側面が今前面に出ていて、非常に大きな問題を引き起こしています。日本型の教育のNPMは、そのシステム自体が学校の管理運営構造として機能しているという面と、もう一つには、急速な学校改編がこのNPMによって強行的に推進され、学校の様相が大きく変えられつつあるという側面の二つから、分析する必要があります。
 資料としては、教育の中でNPMそのものを分析したものとして、私の論文「NPMとはなにか」(『人間と教育』41号旬報社)と一橋大学の久富善之さんの「『困難と改革』の時代を教師として生きる」(『教育』2003年9月)を配付させて頂きました。参考にしていただけたらと思います。

  1. NPM―教育における権力の位置の「構造転換」
    ―総務省「新たな行政マネージメントの実現にむけて」(2002年5月13日)批判―

 教育分野で推進されているNPMは、教育における権力の位置を構造転換する論理だと見なければなりません。総務省の『新たな行政マネージメントの実現に向けて』という指針的な文書が出されています。これは教育に止まらず自治体行政一般に対するNPMの理念と手法を示したものですが、教育の場合にも教育の特殊性をほとんど無視して、一般行政と同じ論理と手法が、そのまま適用されつつあると見てよいでしょう。
 東京都で都立学校の経営方針として、『マネジメントサイクルの導入に向けて』という方針が平成14年に出されていますが、構造としてはほとんど同じになっています。
 一般的な行政的手法が、教育の分野における基本的な手法としてストレートに導入される時に何が起こるかが問題となります。
 何よりも重要なことは、「教育価値の処理方法の根本的転換」が、NPMによって持ち込まれています。「教育基本法」はその10条において、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」として、「不当な支配」の禁止を規定していますが、そういう規定を完全に飛び越えて、この手法が導入されることによって、新たな事態が生まれています。

(1) 教育の自由の基本原理型

 この問題を考えるためには、政治と教育の関係構造を最初に把握しておかなければなりません。教育の自由を考える上で、私は以下のような構図を考えています。簡単に説明しますと、国民は主権者としての歴史選択を2つの異なった方法によって行う。一つは、政治のシステムをつくり、主権者として「政権」をつくっていく。政治参加ということで参政権を行使し、政治の世界をつくり上げていくわけです。それに対して、それとは異なった文化・教育の領域で、個々人が真理探究の主体として学習し、真理を探究し、社会的合意の水準を高めていくことで、歴史を作っていく。後者の文化・教育の自由の世界は、個々人の真理認識を鍛えることを通して、同時に政治選択(第一の政治の世界)の主体形成としても機能する。ところが、権力というものは、常に、国民の思想や価値観を支配して自己の権力の正当化を図る習性があり、政治の世界が文化・教育の自由の世界を侵してきた。それを阻止するために、基本的人権や学問の自由、教育の自由、個人の思想・良心の自由などが権利として確定されてきた。
 この文化・教育の自由の世界の中で、特に教育は、権力との関連が不可避になる領域です。公教育は国家の関与なしには成立しないからです。では権力が内容を決めるのでないとすると、教育の自由を守るためには、誰が、どのように教育の内容を決めていくかということが問われる。それを示したのが「直接性」の概念なのです。これは教基法10条に書いてある原理です。現在は廃止(1956年)されてしまったわけですが、以前は住民が直接に教育委員を選ぶ「公選制教育委員会」が存在しました。学校教育は、父母、住民、そして子どもも加えて、それと教師の間で「自治的な世界」をつくり出して、教育の内的事項についてはそこで決定していく。従って、行政権力は、教育に対しては条件整備というかたちを超えて関与してはならない、となります。これが、教育基本法に基づく「理想型」と言っていいと思います。以上が、この構図の説明になります。

図

 実際は、公選制教育委員会が廃止されてからは、教育委員会は首長が任命するので、政治権力の一執行機関としての教育委員会が、教育プログラムを教育の自治の世界に導入、場合によっては強制するシステムとして働くことが、教育行政の主流になりました。文科省が一方的に作成する「学習指導要領」というのはそもそも一行政文書に過ぎないものですが、それに法的拘束力が付与されて、教育に強制されてくる。これが一般的なかたちになっているわけです。
 しかし同時に、実際には国のレベルにおいては、保守と革新の対抗などの政治力学が働き、国家が干渉することに対するある種の規制が働いてきました。もちろん、憲法や教育基本法の存在は大きいわけです。それらの力関係によって、国家の教育内容への干渉が一定規制され、教育内容の大綱的基準の決定は認めるとしても、個々の教育内容や教師が行う具体的教育活動については学校の自由に属するというような実態が形成されてきた経過があります。つまり、不安定と言えば不安定なのですが、政治力学の結果として、教育の自由が一定確保される形で、上記のような構図が不十分ではあれ保たれてきたのです。

(2) 教育の自由の世界を剥奪することへと機能する規制緩和の論理
 ―イギリスとの比較を含めて―

 ところが、この構図に急速な変化が生じています。それはまず規制緩和の論理が影響しています。その問題を説明するために,最初にイギリスとの比較をしておきます。
 イギリスも同じようにNPM、あるいは新自由主義的な教育政策が激しく展開されていますが、イギリスの場合は、教育に対する労働党支配をサッチャー政権が排除するために、労働党の影響力が非常に強かった地方教育当局(日本的にいえば地方教育委員会)の権限を、一部分を国家に、残りの部分を学校に委譲するというかたちで、規制緩和(より正確に言えば、地方教育委員会権限の上下への再配分)が行われました。具体的にはカリキュラム決定権は中央政府に吸収されて、ナショナルカリキュラムが出現し、一方学校の決定権は、校長を決定する権限から始まって、私立学校並みの包括的な運営権を学校が獲得しました。
 もともとイギリスの学校は、教会立学校が非常に多かったわけです。この教会立学校を公営学校に組み込むときに、学校支配権や礼拝の権利などが問題になりましたが、学校理事会を確立して、カリキュラム等はこの理事会が決めるという、ある種の妥協によって公営学校に移った経過があります。従って、イギリスの場合は伝統的に公営学校の多くが私立学校に近い自主的決定権を持っていたわけですが、サッチャー政権はその自主的決定権をもっと明確にし、ガバナー(学校理事会)として位置づけ、そのガバナーの構成で地方教育委員会の代表を少なくし、親の数を多くして、権限を強化することで、左翼の影響力の強い地方教育行政当局の関与をなくすという選択をしたのです。この規制緩和においては学校に自主的決定権が大幅に移行したわけです。ガバナーが校長を決定して、その校長とガバナーが一緒になって教師を学校ごとに雇用する。学校計画を住民との間で、ある種の契約として決定して、それを住民及び半分公的な評価機関が評価する。そして、市場において学校選択制のもとで競争する、こういうかたちになっています。そういう点では権限は学校にまで下りたわけです。
 ところが日本の教育における規制緩和は、東京都や品川区と言った、自治体レベルまでしか下りませんでした。そして、この自治体に下りた自主的決定権は、NPMでどう論拠つけられたかというと、「自治体首長の意思、あるいは自治体議会の意思は、住民の選挙によって信託されたものである。すなわち住民の意思である」として、選ばれた議会及び行政機関が決定した事柄こそが住民に委託されたミッション(使命)であるとされました。
 このミッションを実現することが、行政あるいは石原都知事などの「責務」であると言うわけです。その責務を実現するために、このミッションがどれだけ有効に実現されているか、実現プロセスを住民の評価にさらし、それが効率的に実現されるように努力することが自治体の住民に対する責務であるとされたのです。教育委員会がどういう計画を持っているか、校長がどういう計画を持っているか、その校長の計画に従って教員がどのように教育を行っているか、その結果として子どもたちはどれだけ成果を上げたか、これらを評価して、ミッションが有効に実現されているかどうかを住民に明らかにすることが、住民自治の原則の上に立った教育行政の責務であるというかたちで展開したわけです。
 その結果、〈教育内容・評価・目標などは、教育の自治の世界の問題であり、行政や政治権力が立ち入ってはならない〉という従来の議論が完全に、一挙にひっくり返りました。何を実現するかは教育内容も含めて住民が選んだ地方自治権力、首長が決定するのが当然であり、それがどれだけ有効に実現されているかを評価し、効率的に実現されるように指導することが行政や管理者(教育委員会や校長など)の責務であるとされました。それを住民に対するアカウンタビリティー(説明責任)として達成する必要があるとなり、教育内容、教育価値を、行政が決定し、評価し、強力に実現することこそが絶対に必要であり、住民への責務だという議論に転換したのです。
 行政法の研究者の方にお伺いしたいのは、そもそも教育内容・方法・目的・評価という人間の精神の内面的事項をどう扱うかという問題は、権力が直接には立ち入ってはならない領域だという理念は、ほかの行政分野(福祉や文化行政等)のNPMのところではあまり問題ならないのかどうか、どう問題になっているのかということです。

(3) 専門家としての教師の判断の関与を排除―――専門性とNPM

 こういう方向は、専門家としての教師の判断・関与の排除につながります。教育内容は、教育学や教育方法等の専門家としての教師の判断、子ども・親・教師の共同などの中から、すなわち「下」から提起されてくる面が多いわけです。NPMのいう「ミッション」なるものは住民に負託されて行政の首長が決定するということで処理されるならば、現場の専門的判断は、ほとんど無視されてしまうのですが、果たしてそれでよいのか。
 なぜかというと、教育では子どもの現状(困難やつまずきなど)に即して教育課題を考えるということがありますし、地域や家庭から提起されるという側面もあります。だからこそ教育基本法ではまさに「直接性」の原理として位置づけてあるわけです。そういう点では、教育価値は下から(も)形成されてくるという面を否定できない。そして、「直接性」というのはその価値をすくい上げ、公共化していくルートを表しているということになるのです。教育におけるNPMは、完全に上からの決定が重要だとなるわけですから、これまでの議論が逆転され、教育専門家としての教師の判断は否定されてしまうのです。そういうなかで、学校の自主的な決定過程は、今まで職員会議などがそれを担う機関として一定機能してきましたが、今では、そういう権限はないものとされ、決定を伝える場に変わってきています。

(4) この困難の学問的(理論的)背景

 これらの困難の背景には、「日本の教育行政の特殊な歴史的構造」があると思われます。日本の教育行政に対しては、故宗像誠也さん(東大名誉教授)以来、教育行政自体を権力的行為として、教育にとっては反価値的なものとして批判してきた側面が強いのです。これは教育裁判などの原告側(教科書裁判や学テ裁判の原告側)の主張のなかでも、教育行政は大体悪いことをするので、できる限りその関与を減らしていくという構造を取ってきました。現在の文科省を見ても、そういう認識は確かに妥当な側面があります。
 ところが、地方に権限が委譲されるという最近の規制緩和のなかで、地方自治体ごとに教育のいろんなあり方を決定してよいという状況が生まれてきました。具体的には、「地方分権」ということで、地域・自治体レベルで補助的な教科書をつくる、カリキュラムを決定する、教科を決める、夏休みをどうするか、などが決定され始めました。とくに特区システムによって、小中一貫校とか、独自の教科の設置も可能になってきました。これは歴史的に新たな段階で、重要な前進だと全体的には言えると思います。
 ところが、先ほどお話ししましたが、国レベルだとその権力の行使に対抗するもう一つの抵抗勢力があり、いわば政治力学的な作用によって、ある種のバランスが形成され、先に示した構図が意識され、一定維持されてきていました。国家の決定する学習指導要領を通しての介入に対しても、あるところで「歯止め」がかかっていました(最近これが急速かつ乱暴に破壊されつつあるのですが)。それが、自治体レベルに下りていった途端、そういう対抗関係がほとんどない状態になりました。
 そうなると、東京都教育委員会が何を決めるのも自由となり、品川区は最も典型的事態となりました。小中一貫校をつくり、「市民科」という新しい教科もつくりました。これは、「特区」制度の活用も含めてのものですが。品川区では現在、従来の6年生、あるいは中学校1年までに教えていた基礎的内容を小学校4年生までに教える「繰り上げカリキュラム」という性格が強いカリキュラムを作成しています。一校100億円の建設費をかけて、2007年度、2008年度と小中一貫校を2校立ち上げ、同時にすべての小学校と中学校で小中一貫のこのカリキュラムを実現するとしています。しかもほとんど秘密主義で、決定結果を教育現場に押しつけるというかたちになっていて、そんなもの実現できないよという声が起こっています。専門性から見ても、また住民の要求から見ても、どうしてこんなものをというような事態まで起こっています。専門性もほとんど無い行政が、これらの教育の内的事項をどんどん決定しているという異常事態が起こっています。
 しかし、考えてみると、地方レベルで教育内容を決定していくことは、実は私たち自身の民主的教育学理論の理論的枠組みだったわけです。ところが、それを実際に展開して、必要な地方、地域レベルの「参加」論や「行政権力の制限」の論理をつくってこなかったのです。なぜそうなったのかというと、それがリアルな課題になることがなかったと言わなければなりません。要するに、考えてみても机上の空論にとどまる現状があったのです。だから、地方レベルで教育内容が決定され、実現されることについて、「教育基本法」や「憲法の理念」に立った法論理システムや教育についてのある種の合意、教育的価値が実現されるためのシステムや法的枠組みの合意が、ほとんど論理としても経験としても蓄積されてこなかった。
 もし公選制教育委員会が長く続いていたら、それに必要な教育行政の在り方も形成されてきたと思うのですが、現実問題として今はそれがないわけです。そこで、地方自治体レベルに「どうぞ、やってください」と権限が下りてきたときに、私たちの準備もなく、一般の人の理解もない状態になり、権力(首長や教育長)のやりたい放題という状況が生まれてしまっているという側面があるのです。もちろん憲法や教基法の論理からして、それが許されるものではないのですが、現状はそうなってしまっているのです。
 憂うべきことは、地方自治体レベルの首長や議会が持っている教育についての認識のでたらめさです。教育の具体的な中身に関して議会で攻撃して、また調査し、その上、処分を出すなどいうことは許されるはずないのです。ところが、教育内容を議会が決めてどこが悪いのだというのが、保守的な首長や議会の普通の認識です。こういった背景があって、今日の事態に陥っているわけです。
 宗像誠也以来の日本の教育行政学が、住民が直接参加する「教育行政参加」に関って、それにふさわしい法理論の枠組みをつくらなければいけないという認識を持ってこなかった―――いや一度はそれこそが民主的教育行政の核心であると宗像教育行政学は主張したのですが、公選制教育委員会の廃止以降、教師の自由を中心に展開され、教育行政の内部から理論を考えるというリアリティーを剥奪されてきた―――欠陥・空白が今シビアに問われていると思います。
 そういう意味でも、行政法が、「内心の自由」、「思想・良心の自由」にかかわる問題で、一定の地域的な合意を形成して、学校なり、公共的な施設を運営していくときの理論枠組みを打ち出すことは、非常に緊急の課題になっています。それが形成されていないために、権力がストレートに内容にかかわってくることが公然と行われています。
 以上のようなことが、NPMを批判する際に、非常に切実な課題になっているということです。

(5)教育基本法の改悪―教育内容・価値管理法へ

 NPMで展開しているような事態が、教育基本法の「改正」によって合理化される可能性が非常に強くなっています。その「改悪」の本質は、国家と教育の関係を教育の自由を基本に組み立てた教育基本法を、教育内容への国家や行政による関与をストレートにできるような法律、教育内容管理法へと変えるものです。具体的には、次のような5点の性格を指摘することができます。
1)「不当な支配」の逆転―――第10条「教育は不当な支配に服することなく」という文言を「教育行政は不当な支配に服することなく」と変えて、教育行政権限を絶対化するものに180度組み替える。
2)国家と個の関係の逆転―――教育を「国民としての素養を身に付けさせるために行われ(る)」(政府与党の改正案=「中間報告」2004−06)ものとする。あるいは、「公民教育は、国民が社会における自己の責任を自覚し、国家社会の発展に積極的に役割を担うことを目的とする旨規定する」(「公民教育」――自民・民主有志の改正案「大綱」2004-06)。そして、国が望ましい国民(公民)を形成するために教育を行うという規定にかえる。戦前の教育勅語による国民(臣民)規定を思い起こさせるもの。
3)教育目標管理の法への転換―――現行の教育目的は、(1)戦前の教育勅語体制の転換を明示し、(2)憲法的理念に立って教育を行うべきことを決めているが、「不当な支配」禁止規定(第10条)をあわせると、直接教育内容を点検する条項としてあるのではない。しかし改正では、「教育の目標」条項が新たに作られ、そこには「愛国心」も規定される。そしてこの文言に即して学校教育の内容を点検・監視するものとなろう。さらに「大綱」は、「国は教育目的を達成するため、初等中等教育における教育内容を定め、評価の義務を負う旨を規定する」としている。「改正」は教基法を教育内容管理法にかえるものであるといわざるをえない。
4)教育の自由の根拠規定「直接性」と「不当な支配」禁止の文言の削除―――教育の自由の論理を教育基本法の論理としている「不当な支配」禁止規定と「直接性」の規定をなくすることで、もはや教基法が「教育の自由の法」たることをできなくしてしまう「改正」である。
5)「教育振興基本計画」の問題―――その根拠規定を入れることで、教基法は、一内閣の決定に過ぎないものに法的拘束力を与え、逆に「教育振興基本計画」によって教基法は常に拡大解釈されていく状況が生まれる。

(6) 評価をめぐる干渉

 学校教育の現場では、学校教育内容領域が直接行政管理される異常事態が2002年あたりから急速に出てきています。
 その一つの契機は、「絶対評価の強制」でした。評価というものは教育の内的事項として学校内部、とりわけ教師の自主的判断によるというものが当たり前でした。もちろん「相対評価」というある枠組みが現場に強制されていて、それが問題だという議論はあったわけですが、少なくとも学校の中で子どもとの関係でどういう評価をするかということは、教師や学校の自主性のもとで行われていました。
 ところが、絶対評価が強制され、とりわけ観点別評価=「関心・意欲・態度」が強調されるなかで、大きな問題が起こってきました。「関心・意欲・態度」が知識の獲得とは切り離されて独自に評価されるために、大きな問題を引き起こしました。しかも教育委員会や校長は「関心・意欲・態度の評価がなぜそうなったかということを、親に説明できなければいけない。そのためには、だれが見ても客観的に『なるほど、そうか』というデータが必要だ」と「証拠」を求めました。そして「エクセル」を使わないとこのデータは表せないという事態になりました。手を挙げたとか宿題は忘れてこなかったとか、それから発言を何回したとか、結局、共通基盤としてはそういうものが入ってしまうわけです。そして、膨大な表に全部データを打ち込んで、それぞれ数値を当てはめて平均値を出し、「これが客観的根拠です」と校長に出す。そういう処理ができていない教員に対しては、「これでは説明ができていないから書き直し」ということで、書き直しをさせる。
 これは教育評価というまさに内的領域にかかわる問題なのですが、それに対して、校長や教育委員会が一人一人の教員の出したものを、点検し、書き直させることが公然と始まりました。今日の文書処理は、年間計画から始まって、教育内容であろうと事務的なことであろうと、全てが点検され点数化され、評価され指導される。そういうことが2002年頃から展開され始めています。

  1. 公共性の構造転換をどう見るか

(1) 教育の公共性の構造転換のなかで

 さて、三点目、「公共性の転換」という視点から問題を検討してみたいと思います。「公共性」の問題については、国家がコントロールすることによって成り立つとする「国家統制による公共性」が支配的だったのですが、今回のNPMは、「市場的公共性」を内部に含んだ新しい提起という構造を持っています。
 これまで、教育の「公共性」は国家と民間との対抗というかたちで展開していました。国家の側のそれは、今述べた「国家統制による公共性」の主張でした。民間の側の公共性の主張は、子どもの人権を基本にしながら、「教師の専門性」+「学校と教師の自由」+「組合の革新性・進歩性に対する一定の国民の合意」+「国家からの自由」が中心だったと思います。その中心的な理論は、「国民の教育権」の理論という形を取っていました。この二者が対抗する構図が、長く続いてきたと言えます。
 ところが、旧い「公共性」が教育の現状に対して有効な改編力・改革力を持ち得えていないことに対する国民のいら立ちが存在しました。このことはより正確に述べないといけないので、次のように言い換えてみます。主導的には「国家統制による公共性」が教育を支配し、教育にさまざまな矛盾を引き起こしてきました。民間の側は、それに対して、憲法・教基法を根拠に、国家の教育内容への干渉を制限し、条件整備を拡大させる運動を組み、親・住民の声を反映させるシステムの拡大を、国民の権利としての教育を実現する教育の公共性のシステムとして主張してきました。しかしそれが大きく実現されるという状況には至りませんでした。むしろ国家的な教育支配のなかで、国民の教育権論のいうような教育の自由と参加は妨げられ、競争の教育が大きく進行し、矛盾が拡大し、学校や教師不審が広がる状況がでてきました。そして残念ながら国民の教育権の理論を主張する側も、これを克服するような運動的、政治的力を持つには至りませんでした。そしてこの「国家統制による公共性」に主導された「旧い」対抗関係ではなかなか教育の現状が変わっていかないで、親・国民の側からは、大きな教育改革を望む声が出てきました。そこに道をつけたのが、「市場的公共性」の論理でした。「公立学校がよくならないのなら私立を選択しよう」、「公立学校自体を選択することでよりよい教育を選択しよう」、「市場で競争させれば学校が内部改革を強制されて変わるのではないか」、というような論理です。
 そしてそういう経過を経て、現在は、「国家統制による公共性」の主張と「市場的公共性」の主張と「国民の教育権の上に立つ参加論的公共性」の主張が、三つどもえで展開、対抗している状況が生まれています。ただし、今の政府が採用しているのは、「国家統制による公共性」と「市場的公共性」との複合体ともいうべきものです。その一つの具体的な展開形態としてNPMの手法も存在しています。そして自治体レベルになると、現在の政策側が採用しているのは、「市場的公共性」+「議会制民主主義を介した擬似的住民コントロール」という二本柱となっています。その公共性は、具体的な手法というレベルで見ると、「学校選択の自由」、「アカウンタビリティー」、「評価コントロールによる国家=自治体管理」、「NPM」、などによって担われているということができます。今その政府側の展開している公共性の全体を「(政策の提示する)新しい公共性」の主張と呼ぶことにします。それは、単なる市場的論理だけではなく、先に見たように、権力による教育内容への統制を含んだものであるということを当然含んでいます。
 この「新しい公共性」について、親の側からすれば、「権力が新たに介入する」と捉えるよりも、今まで全く動かなかった学校が非常に短期間で激しく動くようになった。そういうもとで、「選択」を通して親がいいものを選べる可能性が高まってきた。今まで教師や学校に文句を言えなかったのに、「選択制」になったら、校長から住民のほうを向いて「ぜひ、うちに来てほしい。うちはこんなことをやっている」というサービス精神が非常に出てきた、といった認識を持っているというのが現状です。各種の統制を先生方は非常に感じているにもかかわらず、親の側からすると、今まで教師が何も変わらなかったのに、新しいシステム(新しい公共性)になって、先生方がどんどん動かされ、学校の様子も変化し、改革が進んでいるという風に感じている。「悪い教師」は、今までは教育の官僚制の内部に囲い込まれて、手が出せなかったのですが、不適格教員認定や人事考課などによって評価されて、一般の企業と同じように働かない者は低待遇が当たり前だとなって来ました。少し教育が良くなるのではないかという「期待感」も生まれ、この「公共性」が一定の親・住民の支持を受けていることは事実でしょう。NPMの展開もそういう評価のなかでとらえる必要があります。

(2) 学力テストの「公共性」について

 この問題は、学力をどう発展させていくかという問題のなかでも重要な対抗構図として出てきています。一般にNPMにおいては、市場的システムの一環として、評価によるコントロールということが組み込まれてきます。学力低下がいわれるなかで、すでに37の都道府県で学力テストが行われています(「内外教育」2004-7-2号)。そしてともすれば、それは市場的な評価であるから教育の自由を侵すものではない、あるいは国民による直接の評価にデータ(情報)を与えるものとして、学校を国民に開く方法の一環であり、学力テストを受けその成績を公表するのが学校の義務であるとも主張されます。しかしそう単純ではないように思います。

1)学力テストの教育を方向付ける「機能」

 それは学力テストは、「競争の教育」を強化していく成策的手法として機能すると考えられるからです。なぜ「競争の教育」が問題なのか。国連子どもの権利委員会から日本の教育は、「高度に競争的である」という指摘がありました。しかし、これがどういう意味を持つかということは、実は日本の教育学、教育社会学の中ではまだ十分に解明されていないと思います。わたしの予想では、今ヨーロッパで一番テストの激しい国という評価のあるイギリスに比べても、この競争の「高度」さ「過度」差は、格段の違いがあるのではないかと思うのです。
 具体的には(1)競争によって意欲を喚起するという、いわば競争的人格が高度に進んでいること、そのため主体的な目的を奪われた人格構造が深く進んでいるのではないかと思われること、(2)競争以外に生きる方法を見いだせない日本社会の現状があり、社会改革の閉塞状況がその悪循環をさらに昂進させている背景があること、(3)自分の弱さ、弱者としての待遇を「自己責任」という競争のイデオロギーによって納得させられてしまう状況、(4)競争を相対化する運動や価値理念の欠落(宗教、労働運動、その他)、D競争的学力を追究するなかで、「市民形成」、「統治主体形成」の力量、社会的主人公としての力量の欠落、などが、この「過度に競争的」な教育によって引き起こされているのではないかと思うのです。そしてそれが今日の学習意欲の低下を引き起こしているのではないかと思うのです。
 子どもたちもこの競争で勝たなければ生きていけないという、非常に「純粋な競争主義」で小さい時から競争させられています。最近、茨城県で親殺しが2件ありました(◇水戸19歳、大学いけず、両親殺害11月24日、◇土浦 家族殺人、引きこもり28歳 11月25日――共通点 (1)引きこもり勝ち、職なし、(2)家族からの重圧を感じていた)。
 ヨーロッパ社会とは違って激しい競争圧力があって、学習意欲がそもそもこの競争意欲によって維持されてきた。その競争意欲によって、勉強は嫌いだが世界一のトップレベルの学力が30年間は維持されてきた。もはやそれすらも維持できなくなったということで、学習意欲の根底的破壊が起こっています。このような段階で、学力テストで教育をコントロールすることが進行していくと、まさに教育破壊、人格荒廃が他の国には見られないレベルで進行していく可能性があります。
 同時に学力テストは教育をどこに向けていくかということでは、「速効的学力向上運動」というものが全国で進行しています。それから「日本的受験学力の強化」がどうしても起こる。表現力や思考力よりも、知識を覚えるという圧力が非常に高いですから、どうしても記憶と単純な操作力が訓練され、思考力は衰退する。しかしそれは、学力矛盾を深めこそすれ、学力を高めるものにはならないと思います。
 少しイギリスのテストと比較してみましょう。まず大学入試のシステムが違います。イギリスで言えばAレベルテストは、中等教育を担当してきた教員たちが、その中等教育をどれだけ達成したかを計るために、専門家も含めて問題を出していくという性格です。しかも一つのテストが、例えば数学ですと9時間です。3時間・3時間・3時間で三つの数学問題があると言っていました。ほかの教科も同じです。歴史にしても「何々の意味について論ぜよ」とか、包括的な思考力、表現力、論理力とかをやります。テストそのもののイメージが違います。
 それらのことを考えあわせてみると、学力テストは、中立的な客観的な数値による評価を提供するように見えて、実は公教育をある特定の方向に向けていくものとして機能するということを否定できません。イギリスでもナショナルテストは、いわゆる基礎学力へと学力の性格を矮小化しているのではないかという批判も生まれています。日本ではその効果が非常に強いと考える必要があります。「いじめ」への取り組み、行事、社会力の形成、コミュニケーション力、自治の力、こういうものが全部はずされてしまうという状況にもなります。

2)市場的評価による消費者の要求と共同討論による世論形成との違い

 公共性という論点に関わって重要なことは、市場的評価による消費者の要求と共同討論による世論形成との差異です。「自分の子ども、自分の地域の教育課題を媒介とした合意」になるのか、それとも「抽象化された数値としての学力による合意」になるのかということですが、これは、学力テストが展開し始めると、後者へ移っていきます。
 学力テストの情報によって学校を選ぶ親、すなわち商品を市場で選択する「消費者としての親」は、参加の必要を感じません。「親の声」の持つ独自の意義がどんどん減少していきます。テストの点数という部分にかかわって言えば、親が少々発言しても何の意味もないということになっていきます。しかし親は、たんに数値化された学力に止まらず、自分の子どもがどうしたら元気になるかとか、登校拒否やいじめにならないかとか、教育の全体的なあり方に要求を持っていますし、もしそういう要求が学校参加のなかで議論されれば、そういう指標を含んで学校を評価していくでしょう。それが「学校づくりに参加する親」の姿です。
 こうして、学力テストが「公共性」を担う重要な手法になって行くと、本来の「公共性」の内実としての親の要求・地域の要求の意義が低下し、「学校づくりに参加する親」が後退し、「消費者として市場で選択する親」が前面に登場するのです。すなわち公共性を担保する方法としての学力テストは、市場的公共性を増幅させていくのです。
 同時に考えなければならないのは、学力テストの権力性です。すでにテストの点数を上げるために、学校の授業時間のあり方やカリキュラムの改造が始まっています。補習を始めるとか、試験に強い訓練を多くするとか、漢字や計算などテストに合わせて授業を組むとか、そしてそれが校長の指揮の下一斉に学校ぐるみで展開するとかが始まっています。教師もこのテストの点数が速効的に上がるように授業を組み替える圧力を受けてしまうのです。長期的視野に立った学校独自の教育計画が困難になります。学力テストの点数を上げるというような市場的公共性の指標にしたがって学校改革を続けたときには、教育改革はとんでもない方向へ行ってしまう可能性があります。
 このことから言えることは、成果を数値化して教育をコントロールするという一見客観的に見える手法――それは市場的公共性の手法であり、同時にNPMの手法なのですが――は、長期的な視野から見ると強力な教育改編力として作用し、公共性の質を転換していく作用を及ぼすということです。この点をしっかり視野において批判的に検討することが必要だと思います。

 以上で報告を終わらせて頂きます。NPMによって引き起こされているこの事態を、どう性格付け、どう理論的に反論し、対抗理論を構築していくか、が緊急の課題になっているという趣旨で、問題提起をしました。今日の話のなかでは、NPMの展開していく領域の最も中心の部分である、教師の管理と評価の部分については、あまりふれられませんでした。これについては、私の論文「NPMとはなにか」(『人間と教育』41号旬報社)と一橋大学の久富善之さんの「『困難と改革』の時代を教師として生きる」(『教育』2003年9月)をご参照下さい。

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