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 2006年01月15日(日)

第6回全国小さくても輝く自治体フォーラム

●1月14日~15日にかけて、福島県矢祭町において、表記集会が開催された(ている)。全国から矢祭町に178団体900名が参加した大集会である。筆者は、これまで、日本にいる限りこの集会に参加してきたが、多分、最高の人出となったと思われる。
 会場の「ユーパル矢祭」は熱気でムンムンして、汗が出るほどであった。それでも、全国的な「豪雪」のため、キャンセルが50人程度は出たという。新潟県の津南町や長野県栄村は、首長さんも参加出来なかった。残念ではあるが、この豪雪では、やむを得ないであろう。
 矢祭町は、ご存じの方も多いと思われるが、平成13年の10月に「市町村合併しない矢祭町宣言」をして全国を驚かせ、その後、住基ネット「不接続」などでも、大いなる論陣を張ってきた。
 根本町長は、住基ネットなども、別に「どこでも住民票」など必要なく、住民に迷惑をかけたことはないと述べ、むしろ、このネットが兵籍名簿作成などに流用されたり、住民の個人情報が流れることの方が「取り返しがつかない」と、私どものインタビューにこたえて述べたことがある。誠に「正論」と言わざるを得ない。

●さて、地元を代表して根本町長が挨拶を行ったが、当研究機構のメルマガでも紹介した「矢祭町自治基本条例」について述べた。
 「私達は、先人から受け継いだ郷土矢祭町を将来にわたって、子々孫々に引き継ぎ、真に人間らしい生活を享受できる郷土を築くために、法令を以って命令されない限り合併をせず、自主独立の道を歩むものである」と高らかに宣言をしている。
 総務省も「腰を抜かす」ような「自治基本条例」ではあるが、法律によって強制されない限り(つまり、自分から進んで)合併しないと宣言をしているわけである。これは、簡単なようであるが、現在の自治体を取り巻く状況を考えると大変な話しである。
 根本町長は、自分のことを独裁者などという向きもあるが、この条例は18人の議員の全会一致で決定されたものであり、町民の総意であると述べていた。集会には、佐藤福島県知事も挨拶に来ているので、矢祭町は、この条例について、内外に宣言をして、周知されたということになる。

●集会は、地元の泉崎村の小林日出夫村長の報告、岡田知弘京大教授の講演のあと、分科会に別れて討論を行った。編集子は、「自立のための行財政分析」という分科会に参加したが、全国的な状況を良く反映していた。

 矢祭の行政に対する質問がかなり出て、「第2役場のNPO法人について、職員はどう思っているか」「労働組合は、人員削減などについて容認しているのか」「残業はどうなっているか」「人件費は?」「基金を持っていると、交付税を減額されないか」「広域行政の効率化を行っている(東白川衛生組合)ときくがどういうことか」など様々な質問が出ていた。

 また、秋田のある村の村長は、「自分のところだけというのは駄目。国の政治の改革こそを目指すなかで、自治体の問題は解決される」と蕩々と述べていた。

 平たく言って、参加した皆さんの疑問は、職員(人件費)を減らしたり、行政をボランティアに任せたりして、本当に、交付税が減額されるなかで「自立」してやっていけるのか、という問題に尽きると思われる。
 SMCという東京の大手の空調機器の企業を誘致して2000人規模の従業員を抱える工業団地が出来たり(これは、合併しない宣言をしたころこからの話し)、住宅用地なども完売に近いなど、地方税収入や地域産業もかなり大きくなるなど、何か「裏わざ」があるのではないか、という点も恐らく(かなりの人が知っていて)疑問になっているのではないかと思われる。

●現在、全国の1万人未満の自治体で、合併せずに残っているところが、480自治体程度ある。このうち、合併したくてもできない(最近の『朝日新聞』に千葉のある村長が投稿して、「知事が合併に向けてもっと積極的に勧告をするなどイニシアを発揮して欲しい」とのべていた)自治体が200位はあるだろうし、離島・僻地の自治体もある。いわゆる「自覚的」に合併しない自治体は、200~250程度あるのではないだろうか。北海道や長野県、福島県などに多いわけであるが、確かにこれらの自治体の具体の状況を見ると、合併によって、自治体が抱える問題を解決できるところが少ないと思われる。

 つまり、住民自治、住民生活を合併によって「引き上げる」ことが不可能と、首長も議会も判断しているし、住民もそういう状況に納得をしていることであろう。
 日本全体を見ると、合併の是非については、財政問題であるとか、合併しないと国や県から睨まれる、将来立ちゆかなくなった時に「つまはじき」にされるなど、要するに「否定的」な思考が大半である。
 合併こそが、住民生活を豊かにする決め手であるというような「積極的」な理由付けをしているところは、殆ど見たことがない。

●だから、ある意味で、合併する自治体もしない自治体も「サバイバルゲーム」のような印象を与えることは事実である。しかし、合併しない自治体を、全国でつぶさに観察していると、それだけではなく、やはり「失いたくないもの」を持っている自治体が多いのである。
 合併のデメリットが、その他の要因によって帳消しにできない重要な要素として認識されているわけである。そういう認識は、住民団体(特に、経済団体)や首長や議員など、自治体によって種差はあるが、その自治体を主導する個人や団体の中に、そういった認識が定着している場合が殆どである。
 それは、経済的に「豊か」であり、隣の市町村と合併する必要がないという場合もあれば、合併によって辺境になってしまうので現在の行政水準が保てないと考えている場合もある。これは、様々なのである。

 共通する問題は、やはり国の政策や県の立場を超えて、非合併で行く場合は、「それなり」の覚悟が必要になってくる。地方交付税を30%削減されても、職員を減らしたり、広域連合で手当したり、県の「補完」によってサポートされることを期待したり、ということである。

●ここで問題になるのは、秋田の村長がいみじくも述べていたが、「自分の自治体」だけで、生き延びられるのかと言う問題。それから、生き延び方の問題として、住民福祉を犠牲にせずに「自立」できるのか、という問題であろう。
 「助言者」として参加をしていた、福島大の荒木田氏は、正面切って、こういった問題を提起していた。「小泉改革の下で、自治体に『自助努力』『自立』を強要している時に、小さな自治体が『自立』を目指すだけでよいのか。これは術中にはまることになるのでは」という問題意識であろう。

 この問題提起は正しい。全国的に力を合わせて、地方交付税を削減しようとする国と闘う必要があることからも、これは当然である。
 また、荒木田氏は、参加者の多さに「ビックリ」したと述べていたが、これにはこれまでの「取組」の歴史がある。
 第1回は、栄村で行ったが、回を重ねる度に参加者は拡大し(ちょっとマンネリの気味もあるが、その都度、政府が色々な方針を出して「緊張感」を与えてくれる<笑い)、6回の今回は1000人近くになった(参加者オーバーで参加を断っている)のである。つまり、自分の自治体の周りに「合併しない」と堂々と述べる自治体が殆どない状態で、全国的に「仲間を募り、経験を交流し、なんとか福祉を削減せずに、自治体として生き延びたい」という思いを一つにして、頑張ってきたのである。直接、全国的な運動や政策を提起しているものではないが、これも立派な全国的運動なのである。

●これは、大変なことである。
 確かに、矢祭の「自立」をはじめ、固有のファクターがあることは否定できない。しかし、こういう問題はどこの自治体でもある程度は存在する。
 また、「自立」といっても、交付税も貰わずに、経済的意味で「自立」できるなどと思っている自治体もない。これも当然のことである。むしろ、「森林交付金」などのように、都市の人口を養い、保養や自然資源の基地としての役割を現在以上に広く認め、一層の「ゼニ」を出せと要求しているくらいである。
 だから、別に、小泉構造改革の「お先棒」を担いで、住民の負担だけで、「自立」して行こうなどと「内向き」の議論をしているわけではない。確かに、国に向けて要求をもっと大きくし、「公務員の人件費削減」などとケチなことを言わずに、堂々と住民や職員を結集して、自治体をあげた運動を展開できれば一層好ましい。
 また、「生き延び」を求めるあまり、住民生活を犠牲にしないという保障があるわけでもない。この点で、微妙な姿勢の自治体もあることは事実である。

●私が、こういった「弱点」や「視野の狭さ」を認識した上で、なおかつ、「小さくても輝く自治体」という生き様に共感するのは、「自治の単位」という問題に関わる。
 隣の大きな自治体の中に入って「地域コミュニティ」「地域自治組織」などの非自治体の形態で「生き延びる」のか、「自治の政治的単位」として生き延びるのか、という違いは決定的である。その後者の立場を表明しているのが、「小さくても~」の自治体なのである。
 自民党、民主党など「二大政党」が、こぞって道州制や公務員給与削減など「悪政」を競う状態の下で、「小さな自治体」のやれることは何なのか。本気で考える必要があろう。現下の自治体を取り巻く状況の下で、福祉を切り下げずに、財政危機でも「生き延びられる」かどうか、などというテクニックの問題ではない。
 自治の基本としての「自治体」、民主主義の政治単位としての「自治体」を守るという気概を示すのかどうか(私は、自治体は小さい方が、民主主義や住民自治をより保障できるなどという形式論には与しない)という問題なのである。

 これは、小泉構造改革と真っ向から闘う姿勢なのではないか。ここに光を当てているからこそ、ある意味で「怪しげ」なリストラに傾斜していると疑念があっても、その姿勢を支持し、見守るということになるのである。
 現実には、リストラに絡め取られるのか、自治の単位を擁護し、失ってはならないものを守り抜くのか、紙一重であろう。こういった姿勢を示す自治体に対し、足りないことを述べるのは簡単であるが、むしろ、周囲の支援こそが求められるのである。これが「正しい」対応であると確信するものである。